Research Performance
研究実績
低濃度アトロピン点眼による近視進行抑制多施設共同試験(平岡孝浩) – 治験・臨床研究
近視学童における0.01%アトロピン点眼剤の近視進行抑制効果に関する研究(ATOM-J Study)
(多施設共同,ランダム化,二重盲検,プラセボ対照,並行群間比較試験)
【背景と目的】
近視の進行が急激に進むと考えられる学童期において,近視の進行を抑制することができれば,青年期以降の社会活動におけるQOLが維持できるだけでなく,重篤な眼疾患による失明のリスクを軽減できるものと考えられ,学童期における近視進行の予防法の確立は,社会的にも重要な課題とされています.この課題に対しては,従来から,トロピカミド,アトロピンなどによる薬物療法,累進眼鏡などの眼鏡着用,オルソケラトロジーレンズなどのコンタクトレンズ装着あるいは視力回復訓練など様々な方法が試みられており,いまも近視進行予防法の確立に向けて研究が続けられています.
非選択的抗ムスカリン作用を持つアトロピンは,その毛様体筋弛緩作用による調節の遮断,眼軸長延長の抑制,眼球の成長を阻害する下垂体由来成長ホルモンの分泌抑制などの作用により,近視の進行を抑制することが以前より知られており,近年の臨床試験においてもその効果についてのエビデンスが得られています(Chua WH, et al.Ophthalmology.2006).しかし一方で,通常用いられている調節麻痺用点眼剤(日点アトロピン点眼液1%)では,散瞳作用と調節麻痺作用が強く現れるため,学童への使用は侵襲が大き過ぎるものと考えられてきました.これに対して,2012年に低濃度(0.01%)のアトロピン点眼剤においても近視進行抑制作用があることが報告され,散瞳作用や調節麻痺作用も少ないことから,近視進行予防薬として使用できる可能性が示唆されたのです(Chia A, et al. Ophthalmology.2012).
今回,これらの報告をもとに,我が国においても低濃度(0.01%)のアトロピン点眼剤の近視進行予防薬としての可能性を検討するため,もっとも近視進行が急激に進むと考えられる学童期における,低濃度(0.01%)アトロピン点眼剤投与による,近視進行抑制効果と安全性を調べる臨床研究を行うことになりました.
本研究は,軽度または中等度近視と診断された学童を対象として,0.01%アトロピン点眼剤の近視進行抑制効果および安全性を確認することを目的とし,以下に掲げた仮説を検証します.
【研究仮説】
軽度または中等度近視と診断された学童を対象として,試験治療である0.01%アトロピン点眼剤の24ヶ月間投薬を行った場合(0.01%アトロピン点眼剤投薬群),投薬期間(24ヶ月間)終了時の近視進行抑制効果はプラセボ点眼剤の24ヶ月間投薬(プラセボ点眼剤投薬群)に比して優れる.
【参加者の選定】
本研究は,軽度または中等度近視と診断された学童で,以下の選択基準をすべて満たし,除外基準のいずれにも抵触しない学童を本研究の対象とします.
選択基準
(1)同意取得時年齢が6~12歳(小学校1年生~6年生)の男女学童
(2)過去1年間の学校健診における視力判定で視力低下が認められる学童
(3)調節麻痺下における両眼の他覚的等価球面度数が,-1.00D~-6.00Dの学童
(4)不同視が1.50D以内の学童
(5)乱視度数が±1.50以内の学童
(6)1.0以上の矯正視力が得られる学童
(7)眼圧に異常のない学童
(8)調節麻痺の施行が可能な学童
(9)本実施計画書に則った来院診察を受けることができる学童
(10)本研究の参加に対して本人および親権者から書面による同意が得られた学童
除外基準
(1)両眼視機能が異常である学童
(2)弱視または顕性斜視である学童
(3)調節麻痺下および非調節麻痺下における両眼各々の他覚的等価球面度数の差が,1.00D以上の学童
(4)近視以外の眼関連疾患を有する学童
(5)視力または屈折度数に影響を与える可能性のある眼関連または全身性疾患を有する学童
(6)これまでにアトロピン治療を含むコンタクトレンズ,二焦点メガネ,累進多焦点レンズなどの近視治療を受けたことのある学童(ただし,トロピカミド点眼剤0.4%治療の中止後3ヶ月以上経過している学童はこの限りではない)
(7)循環器系疾患または呼吸器系疾患の病歴のある学童
(8)最近1年間に喘息に対する薬剤治療を受けたことのある学童
(9)アトロピン,シクロペントラートまたはベンザルコニウムに対するアレルギーの既往がある学童
*注意点
低濃度アトロピンとプラセボのどちらを点眼するかは,データセンター(メディカルエッジ株式会社)で無作為に割付されます.患者さんも担当医師も選択することができませんので,御承知おき下さい.もしプラセボ群に割り振られたとしても,眼科医が個別に処方した最適なメガネが無償で提供され,度数が変化しても試験期間内は適宜再処方を受けることができるというメリットがあります.筑波大学では30症例の患者さんにご協力いただく予定です.
【試験方法】
割り当てられた点眼を2年間使用していただきます.オートレフラクトメータを用いて,調節麻痺下の屈折状態を精密に解析し,裸眼および矯正視力を測定します.同時にIOLマスターを用いた眼軸長測定を実施します.両測定を各レンズ装用24ヶ月間において定期的に測定し,近視の進行度合いを解析します.受診時に眼鏡の状態もチェックします.眼鏡での視力が1.0未満になっていた場合には新しい眼鏡が処方されます.
【試験の判定】
全国7施設(旭川医科大学病院,大阪大学医学部附属病院,川崎医科大学附属川崎病院,京都府立医科大学病院,慶應義塾大学病院,筑波大学附属病院,日本医科大学付属病院)において計180症例以上がエントリーされる予定です.当院では30症例の登録を目標としております.それらすべての結果をデータセンター(メディカルエッジ株式会社およびSatt株式会社)が解析し,近視進行予防眼鏡群が単焦点眼鏡群に比べて近視や眼軸の伸長を抑制する効果があるのかを統計学的に判定します.
【予定試験期間】
現在患者様の募集は終了しております.